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ものすごく久しぶりに…
愚痴を垂れてしまった
今日は女々しくも
そんなお話
皆さんは『専門職』と聞くと
どのような印象をお持ちだろうか
一般的に知られていないこと知っている人
なんかすごい人
そのような印象を持つ中で
やはり真っ先に思うことが
好きを仕事にしている人
と強く思う
ミュージシャンにせよビール屋さんにせよ
好きでもないし興味もないけど
稼げる手段としてやっています
そんな人めったに聞かない(いるかもだけど
仕事をする上で
稼げるかどうかを優先して
好きでもないことをやっているのは
全然あり
何も不思議ではない
ただ…
前提として好きだからやっているであろう系の専門職のかたは
も!れ!な!く!
興味をもってくれる人や無知な人が
その道に一歩足を踏み入れてもらえることに
喜びを感じるものだと思っていた
自分の中では当たり前のことすぎて
なにも疑わなかった
オタクに専門的なことを質問すると
普段寡黙なのに突然冗舌になるみたいなのが
わかりやすい例かな
しかし
今日
必ずしもそうではないことがわかってしまい
ショックというかちょっと愚痴っぽくなってしまった
何の話かを濁すために
ギターのレッスンで例えてみようと思う
ギターが弾きたいです
知識はないですがこの楽譜で弾きたいです
という生徒が自分だとして
その先生はまあ普通に教えてくれるとしよう
そのレッスンの中で
今弾こうとしてるこの曲ってどの程度難しいんですか?
と聞いてみた
抽象的ではあるが
興味をもっているからこその
よくある質問ではあると思う
個人の感覚だしそんなもん知ったことではないかもしれないが
色んな曲ありますからね?
どの程度ってどういうことですか?
などと答えられてしまうと
会話が進まないから興味が薄れてしまう
偉そうに知識をひけらかしてはいない
チョーキングとかプリングとか
名前は知ってるけど実際にどうやるかをしらない
そんなレベルの
伸びしろしかないような初心者に
面白くなさそうと思わせてしまうのは
悲しいというか勿体無いというか
あ、話して損したと思わせたら
裾野も広がらないし収入にもつながらないのではと
そう思ってしまう
世の中色んな価値観の人がいるし
話が通じない人への理解を特に大事にしたい自分が
なぜこんなことで愚痴っぽくなったのかを
すこし考えてみた
考えられることはいくつかある
器が小さい自分の問題
相手の性格の問題
こんなところだろう
どちらが悪いかは論点ではない
べつにどっちも正しいしどっちも間違ってるんだから
でもなぜこんなにモヤモヤするのかを考えたとき
ひとつの言葉がよぎる
プロフェッショナル
その仕事でお金をとって食っているような状態が
いわゆるプロなんだけど
大前提として
こちらは客、相手はプロ
金銭のやりとりがすでに発生している
だからといって
1時間のレッスン代で2時間教えろとは言ってない
この譜面が弾けるようになりたいという要望の中で
どうやったらスムーズに音が途切れることなく弾けますか?
というような、流れで必ず出てきそうな問いをしたつもり
譜面に書いてないからと
違う弾き方やコツを教えてくれもせず
学ぶしかないですよねの一言は悲しい
自分で学ばないといけないのは百も承知
演奏とは関係ない音作りの秘密を知りたいとも言ってない
他の奏法があったりするんですか?
その程度のことしか聞いてないつもり
しかし自分にとってはその程度のことでも
タダでは教えたくない人もいるだろうから
追求はしなかった
あ、やばい余計なこと言った
謝ってさっさと帰ろう…って
自分の認識がちがったんだと思うことにしたけど
そこでモヤったのはやはり
相手がプロだったからだと思う
いやいや
プロこそ余計なことを教えないのは当然だし
別途料金とりますよと言ってくれても全然いいけど
こと専門職のかたは
ある程度の採算度返しの情熱だとか
根底には、余計なことまでペラペラ喋っちゃうようなオタク性が
あるものだと思っていただけに
今回の
あ、聞いたらいけないんだ…
と思ってしまった流れが
すごくショックで
こんな価値観もあるんだと
思い知らされたという話
長くてよくわかんないね
友達だからライブにゲストで入れてよとか
図々しくした話でもないし
お金払ってるんだから色々教えてもらって当然みたいな
あきらかな非常識の話でもない
ビール飲みに行って
このビールどうやって作ってるんですか?
そう聞いてみただけの話
ん?
ビールをどうやって作ってるのかとだけ聞かれると
確かに何を答えればいいかわからないな
でも専門用語も何もわからないというなら
ホップの説明くらいはしてあげると思うけどね
いやいや色んな作り方あるので…
って突き放したりはしないよ
専門職ならな!
という認識が
間違っていただけなのであろう
ショックだ
これが客観的に聞いた話であったのなら
なにも感じなかっただろうが
興味を丸出しにして何気なく聞いたことを
理解されなかったことが
寂しかったのかもしれない
ほかにも色々悔しかった要素があるんだけど
真実はたったひとつ
僕とその人のコミュニケーションが
バッチリ合わなかったということ
プロを舐めたわけじゃないんです
でも舐めてると思われたのであれば
ごめんなさい
認識改めます
あとひとつ告白すると
見た目でナメてたことは認めます
これは全然いい意味のナメなんだけど
職人気質の面倒くさそうなジジイなら
最初から話はしていない
なんとなく年齢も近そうで
似たような人生観を勝手に感じて
見た目で判断してしまったのは
こちらの責任
ナメたというよりフレンドリーにいけると
思ってしまったんだよ
以後マジで気をつけたい事案
で
ここからが大事な話なんだけど
こういったモヤモヤとか
例えば理不尽とかイライラとか
日常に潜むストレスを
吐ける場所があるのかどうかが
歳を重ねるごとに重要なのだと実感した
幸い話を聞いてくれる人がいたからいいものの
吐き出す場所がなくて
毎日ストレスが蓄積するのかと思うと
そりゃ人間捻くれもするんだろうし
絶望もする
若いうちは周りの同世代が
同じ方向を向いているんじゃないかと
勝手に実感できたりするけど
時間と共に違う道を歩み始め
たとえば
幸せを実感できる人と悲観的になる人の差が
大きく感じてしまったりするのではないか
妬み嫉みも生まれるのではないか
多様性がなく選択の幅が少なかったから
昔は余計な対人興味など考えなかったけど
今の子達は
小学生くらいから格差を感じたりしているのではないか
少なくとも我々の世代よりは…
大人になってからの悩みっていうのは
その時点であるていどのコミュ力を得ているから
気軽に相談し合ったり飲みに行ったりができるが
子供はそうもいかない
人と違うことを主張しただけで
いじめられたりする時代もあったが
多様性を何もかも認める風潮もまた
別の悩みを引き起こしているのではないか
そう思う
結局は同調圧力でも多様性容認でも
良し悪しはあるからにして
ストレスを吐き出せる人や場所の存在こそ
なくならないように努力する
それが人生の目標になりうるのではなかろうか
話が飛躍してそんなことを考えてた日だった
新しいこと深いことを考えるきっかけになったと思えば
良い経験をさせてもらったよ兄ちゃん
いつかは仲良くしたいね
でもそのいつかの時までに
こちらが勉強して知識をつけたならば
もう関わることはないんでそこんとこよろしく
知識人と無知人のコミュニケーションが
大失敗した
という話でした
ながながご静聴ありがとう
一言で言うと
人と思うように会話ができずに凹むという
メンタルが弱かった話でしたね
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